終戦後間もない1950年のクリスマス、岩波書店から5つの児童文学が刊行されました。そこから75年が経った現在も「古今東西の名作を美しい日本語で届ける」という理念を掲げ続けながら刊行を続けてきたのが『岩波少年文庫』シリーズです。
そんな岩波少年文庫の名作たちを、1万人に見守られながら読み続けている三本川さん。「X」で三本川さんが始めた『#岩波少年文庫100冊マラソン』というハッシュタグは、またたく間に読書家のあいだに広がり、多くの人の読書ライフを豊かにしています。
本記事では、三本川さんに「大人が児童文学を読む」ことの大切さと、児童文学がもたらしてくれる喜びをお聞きしました。
取材・文:糸崎 舞
2日間で6000人のフォロワー増。大人が注目する『岩波少年文庫100冊マラソン』

岩波少年文庫を100冊読み、1冊ずつ「X」に感想を投稿する『岩波少年文庫100冊マラソン』の取り組みを始めたのは、いつか「大人が子どもの本を読む」コンセプトの事業を起こしたい、という思いからでした。
そのためには、自分自身が「子どもの本のマニア」のように詳しくなる必要があると考えました。そこで、古典的な児童文学の名作を扱う「岩波少年文庫」のラインナップから読み始めようと思ったんです。
その頃「X」で読書用のアカウントを持っており、せっかくならSNSをアウトプットの場にしようと考えました。実際に『岩波少年文庫100冊マラソン』の開始を宣言したら、この試みが多くの人に評価していただいて。発信からわずか2日間で、フォロワーが6000人も増えたのです。これまでも趣味でXの運用をした際、投稿が広く拡散されたケースもありましたが、ここまで短期間で急激にフォロワーが増えたのは初めてでした。
フォロワーの大半が30代以上であり、たくさんの大人が児童文学に興味や関心を寄せているのだと感じています。
忙しい日々を過ごす大人にこそ、児童文学の存在が必要だとおっしゃる三本川さん。
なぜ、大人には「児童文学」が必要なのでしょうか。また、児童文学は、社会を生きる大人たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。ご自身の体験談をお聞きしました。
児童文学は「自分の存在」そのものを肯定してくれる
大人になると、仕事や社会において、「いかに役に立つか」「いかに利益を生み出せるか」といった価値観に苦しめられている人も多いのではないでしょうか。時には、自分が「職業」や「社会的役割」によって評価されていると感じるかもしれません。児童文学は、そんな大人の世界から解放させてくれるような存在だと感じています。
なぜなら、児童文学には、大人の社会ではなかなか認められない「自分の存在そのもの」を肯定してくれるような優しさがあるからです。
例えば、『長くつ下のピッピ』(作:アストリッド・リンドグレーン)の主人公であるピッピは、物語が始まって終わるまで、一切成長しないんです。子ども向けのお話と言えばつい「教訓」などを考えてしまいがちですが『長くつ下のピッピ』にはそういったものが一切ありません。
ピッピは学校に行かないし、お金をたくさん持っているから稼がなくていいし、ものすごく力持ちだし。成長する必要がないんですよね。その「ありのまま」のピッピの姿にふれると、現代社会を生きる中で、いつの間にか張り詰めている心が解放されるような感覚があります。
忙しくて疲れている時にこそ、児童文学を読むのがいいかもしれませんね。大人になると、どうしても「知識」を得るために読書してしまいがちですが、それだと心が休まる時間がなくなってしまうので。
私は会社員時代、通勤時間を使って岩波少年文庫の作品を読んでいました。たとえわずかであっても、その時間に助けられていました。

読書中、思いがけず再会した「子どもの頃の自分」
また、児童文学を読み進めていると、思いがけない形で「子どもの頃の自分」と再会したこともありました。
『時の旅人』(作:アリソン・アトリー)は464ページにわたる長編児童文学です。この作品は小学6年生くらいの時に読んだのですが、内容は覚えていませんでした。しかし、読み進めているうちに突然、子どもの頃の記憶に明確に残っている一文が登場したのです。
それは親戚のおじさんが、歯ブラシなしで1泊を過ごさなくてはならなくなった子どもたちに対し「わしは、歯なんぞ、いっぺんもみがいたことはない……固い、ごつごつのパンとリンゴを食っとれば、歯ブラシはいらん (『時の旅人』より引用)」と言い放つシーンでした。とても些細な一文なのですが、当時の私はこれを読んで「本当なのかな?」と驚いたんです。
そうして子どもの頃の記憶がばあっと蘇った時、とても懐かしい気持ちになりました。まるで実家の押し入れを漁っていたら、昔遊んでいたおもちゃが出てきたような感覚です。大人になった自分は、子どもの頃とはずいぶん変わった気がしていたけれど「あの日『時の旅人』を読んでいた子どもは、まぎれもなく自分自身だったんだ」と、しみじみと感じましたね。
実は筆者自身も児童文学が好きで、岩波少年文庫を読んでいます。しかし岩波少年文庫にはちょうどいいサイズのブックカバーがなく、本にしおりもついていないので、仕事と育児に追われる日々の中で、読み続けるのに難しさも感じています。
また、電車や喫茶店で読む時に、人目が気になることも……。筆者のように、「大人が児童文学を読む」ことへの、実用的・心理的なハードルを感じている方は多いかも知れません。
しかし三本川さんは、「大人が児童文学を読むこと」へのハードルをぐっと下げる、いくつかの方法を教えてくださいました。
「成熟した大人」だからこそ児童文学を読む
『ゲド戦記』シリーズの最新刊である『火明かり ゲド戦記 別冊』には、作者のル=グウィンが描いたエッセイ『夢は自らを語る』が収録されています。その中に、大人が児童文学を読むことに対してのとてもいい一文がありました。
『ゲド戦記』シリーズのファンの年齢層について、アメリカでは16~25歳の読者が多いのに対し、イギリスでは30歳以上の読者が多いのだそうです。ル=グウィンはこの傾向について、イギリスの人々が精神的に子どもっぽいのではなく「自らが大人であることを弁明する必要がないほど成熟した大人」だと綴っているんですね。
この言葉に触れて、「大人が児童文学を読むのは恥ずかしいことじゃない」と、改めて気づいたんです。
どうしても、子ども=未熟で、大人=成熟というイメージが一般的で、児童文学は「未熟な人のための本」という誤解を受けているかもしれません。でも、実際には、私たち大人も「未熟さ」を抱えて生きていますよね。
『飛ぶ教室』など数々の児童文学を生み出したエーリヒ・ケストナーは、自身の作品の中で「8歳から80歳までの子ども」という表現を使っていました。また、先ほど話題に出た『長くつ下のピッピ』の作者、リンドグレーンも「私は、自分自身のなかにいる子どもを喜ばせるために書いてきたの。それを、ほかの子どもも同じように楽しんでくれるといいなと願っただけ」と語っています。
私が『時の旅人』を読んだ時に感じたように、大人になっても誰もが心の中に「子ども時代の自分」を抱えているのではないでしょうか。なので私も、自分の中にいる子どものために、児童文学を読んでいるんです。

忙しくて疲れた時、児童文学をどう楽しむ?
とはいえ、仕事や育児、家事などをこなしながら本を読むというのは重労働ですよね。私は前職でコンサルタントをしていましたが、仕事が忙しい時には通勤時間に児童文学を読むのが精一杯でした。
『ゲド戦記』シリーズのような壮大な物語や、第二次世界大戦下の「ユダヤ人迫害」というテーマを描いた『あのころはフリードリヒがいた』(作:ハンス・ペーター・リヒター)など、名作を読みたいのにその気力が残っていないのです。
そんな時に助けられたのが、より読みやすい作品たちでした。たとえば、『やかまし村の子どもたち』(作:アストリッド・リンドグレーン)は、岩波少年文庫シリーズの中では低年齢向けの作品です。また、『あのころはフリードリヒがいた』と同じテーマを扱っており、対象年齢も中学生以上ではあるものの、もう少し読みやすい『走れ、走って逃げろ』(作:ウーリー・オルレブ)も。
『走れ、走って逃げろ』は、主人公のユダヤ人の少年が強制収容所を脱出し、あちこちを転々としながら、逃げ回って生き延びていく物語です。作中で場面がころころと急展開していって、少しページをめくると全然違う環境が描かれて、読みごたえがありました。
歴史の中でも重い題材を扱っていますが、文学におけるエンターテイメント要素が工夫されていて、読みやすくて面白かったのです。この作品の感想を「X」に投稿したところ、たくさんの反響がありました。きっと多くの人が、このような物語を求めているのではないでしょうか。
初心者でも迷わない。岩波少年文庫の選び方
また、児童文学を読むのに心理的ハードルを感じる方は、対象年齢が比較的高い作品から読み始めるといいかもしれません。
岩波少年文庫には、それぞれの作品に「小学5,6年生から」「中学生から」など、対象となる年齢が記載されています。中学生からを対象にした作品は、児童文学に分類されているものの、一般の文芸書と変わらないくらいの読みごたえがありますよ。

三本川さんが始めた『岩波少年文庫100冊マラソン』は、SNSを通じてさまざまな形で広がりを見せています。一人の読書体験が社会的な動きにまで発展し、読書の輪が広がっているのです。
今後の展望をお聞きすると、効率性や実用性が重視される現代社会に対して、もっと豊かで人間らしい価値観を提案したいという、強い思いが明かされました。
広がりを見せる100冊マラソン
最初は私ひとりで始めた『岩波少年文庫100冊マラソン』ですが、その試みが読書家の皆さんの中に広がっていくのを感じています。SNSでは、別の方が『#海外文学100冊マラソン』『#韓国文学100冊マラソン』などのハッシュタグを開発し、精力的に発信活動をしています。
中には、このハッシュタグから話が広がり、書店とのフェアが実現したという例もありました。私も、「岩波少年文庫100冊マラソン」にまつわるフェアを、どこかの書店さんとコラボレーションできればいいなと思っています。
「物語を楽しむ」ことが、豊かな読書体験に繋がる
将来的には忙しい日々を生きるビジネスパーソンに向けて「大人にこそ児童文学が必要だ」というメッセージを発信していきたいと思っています。
例えば、ビジネス書や自己啓発本なら、仕事に役立つ知識や考えを得るなど、目的を持って読む方が多いかもしれません。しかし、児童文学は「何か役に立つこと」ではなく、純粋に「物語を楽しむ」ものだと感じています。もちろん、作者からの教訓やメッセージが込められていることもあるけれど、読者は純粋に楽しみながらそれを受け取れます。
ビジネス書や自己啓発本のようなわかりやすいメリットはなくとも、児童文学を読んでいる時間は何より楽しい。それを知ってもらいたいです。例えば、忙しいコンサルタントが、電車の中で岩波少年文庫を開く。そんな風景が当たり前になれば、良い世の中になっていく気がします。
三本川さんは現在、お仕事を辞め、児童文学の知識を深めるための活動をされているそうです。「はっきり言ってしまえば、思う存分本を読みたくて会社を辞めたんです」とはにかみながら笑う三本川さん。インタビューの中で、何度も「楽しい」という言葉が登場したのが印象的でした。
読書というと、つい「学び」や「成長」を求めてしまいそうになる昨今ですが、大人になってから児童文学を読むことで、本当の意味での「豊かな読書体験」ができるかもしれません。
いつの日か、書店に『岩波少年文庫100冊マラソン』フェアの文字が並び、電車で堂々と児童文学を読む大人たちの姿が当たり前になる。そんな世界を見てみたいと願っています。

三本川 @3bongawa_books
三本川 noteメンバーシップ
https://note.com/3bongawa_books/membership/join
記事の中で紹介してもらった児童文学(岩波少年文庫)
■『長くつ下のピッピ』(作:アストリッド・リンドグレーン)
「世界一つよい女の子」ピッピは、母はおらず父は行方不明。作者であるリンドグレーンが、病気の娘のために作ったと言われる児童文学の最高峰。
■『時の旅人』(作:アリソン・アトリー)
母方の農場にやってきたペネロピーが、ふとしたことから16世紀の荘園に迷い込んでしまう。そこでは、王位継承権にまつわる事件が繰り広げられていた。
■『ゲド戦記』シリーズ、『火明かり ゲド戦記 別冊』(作:アーシュラ・K・ル=グウィン)
大魔法使いゲドと、彼の生きるアースシーという世界を舞台にした長編ファンタジー。『火明かり ゲド戦記 別冊』は、作家の没後に公表された『火明かり』をはじめとする、日本語版オリジナル編集の別冊。
■『飛ぶ教室』(作:エーリヒ・ケストナー)
寄宿学校で繰り広げられる、涙と笑いに満ちたクリスマスのお話。日本では児童文学の総合誌に『飛ぶ教室』のタイトルがつけられるなど、世界中で愛される名作。
■『やかまし村の子どもたち』(作:アストリッド・リンドグレーン)
スウェーデンにある「6人の子どもしかいない村」を舞台に、いきいきとした暮らしを書いたリンドグレーンの代表作のひとつ。
■『あのころはフリードリヒがいた』(作:ハンス・ペーター・リヒター)
第二次世界大戦の頃、ヒトラー政権下のドイツで、ユダヤ人の少年の運命を描いた物語。悲惨な歴史がドイツ人の少年の目から描かれ、話題となった。
■『走れ、走って逃げろ』(作:ウーリー・オルレブ)
ポーランドにあるユダヤ人強制移住区で、家族と生き別れになった少年スルリックの物語。実話にもとづいて執筆され、映画『ふたつの名前を持つ少年』の原作となった。
糸崎 舞
元舞台俳優のライター。演劇、アート、文学などのカルチャー記事を幅広く執筆。「人と文化を繋ぐ」をテーマに、繊細かつ豊かな文章をお届けします。https://note.com/itozaki_mai/n/nb182d3fa8bb1?sub_rt=share_sb
