舞台と観客をつなぐ鑑賞サポート「舞台手話通訳」。ろう者の手話監督者やモニターとワンチームになり、作品をありのまま楽しんでいただけるような通訳を目指して細かく試行錯誤を重ねています。
現在、日本でも周知が進みつつある舞台手話通訳者として、ミュージカル『SIX』や舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』などを担当する「となりのきのこ」代表の田中結夏さん。
舞台手話通訳のお仕事や体験談、そして未来への想いを伺いました。
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EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』
©️一色健人
取材・文:糸崎 舞
監修協力:株式会社TBSテレビ
観客と演劇の世界を「つなぐ」舞台手話通訳の仕事
「自分と違う背景を持っている人だからこそ、知りたい、もっと話してみたいって思うんです」

田中さん:舞台手話通訳者の基本的な役割は、舞台上にいる俳優のセリフ、歌や音楽、効果音など、作品の中で発生する音情報を、客席にいるろう者や難聴者の方々に手話で伝えることです。
舞台手話通訳のスタイルとしては、舞台の上手もしくは下手などに立ち位置を固定する「額縁型」と、通訳者が舞台の中に入る「内包型」、大きく分けてこの2つがあります。
さらに「内包型」は舞台の中に入り込みつつも立ち位置は定める「固定型」と、俳優とともに舞台上を動き回り、時には演技に絡むこともある「ムーブアラウンド型」と細分化できます。
特に内包型の場合は、俳優と一緒に稽古をする時間も必要なため、額縁型に比べて稽古場に通う回数が増える傾向にあります。
田中さんは、どんなきっかけで舞台手話通訳者のお仕事を始めたのですか?
田中さん:子どものときから、自分と違う背景を持ってる人と仲良くなって、相手のことを知りたいと思っていました。
転校生が来たら真っ先に話しかけて、学校中を案内してしまうこともありました。自分と違う背景を持っている人だからこそ、知りたい、もっと話してみたいって思うんです。
舞台の仕事には、小さな頃から憧れていました。
高校時代は舞台芸術を専攻していましたが、恩師の「俳優の仕事をするなら、人間や社会、歴史を知ってることが大事なんだよ」という言葉をきっかけに、短大の「子ども学科」へ進学しました。「人間の原点」は「子ども」だと考えたんです。
短大卒業後に通った演劇学校の同期に、ろう者の女優さんがいました。彼女とは以前から同じマイム教室に通っていたためにすでに面識があり、偶然の出会いに驚いたのを覚えています。彼女ともっと話したい!そう思って、手話を勉強し始めました。

EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』
©️一色健人
彼女との出会いがきっかけで、ろう者と聴者が共同で作る演劇の制作現場などに繋がりが増えてきて。演出助手をやらないか、という話をいただきました。
演劇学校の進級が迫っていた時期だったので悩みましたが、「このチャンスに懸けてみたい!」という気持ちが強く、演劇学校を中退する道を選びました。
その現場で出会ったのが、「特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)」の理事長を務める廣川さんという方でした。
廣川さんと出会ったことで舞台手話通訳者の存在を知り、私も舞台手話通訳者になりたいと思ったんです。そこで、TA-netに加わり、舞台手話通訳の現場に少しずつ関わるようになりました。
「俳優の熱量や思い、雰囲気などを手話に乗せて、通訳しています」
舞台手話通訳は、劇中のセリフを覚えていらっしゃるのでしょうか。それとも、同時通訳なのでしょうか。
田中さん:両方の要素がありますね!事前に台本を何回も読んで、順番やセリフの流れを覚え、理解しています。
とはいえ、セリフを言う俳優の気持ちや表現は、日々変化するものです。事前に準備した翻訳をそのまま出さずに、俳優の気持ちに合わせて手話の翻訳や表現を変えることもあります。
芝居の流れやセリフなどを段取り通りに進行せず、俳優の熱量や思い、雰囲気などを手話に乗せて通訳しています。
舞台手話通訳の方は、ひとつの公演で何人か交代することがありますか?それとも、すべてひとりでひとつの舞台をやり遂げるのですか?
田中さん:どちらもあります。
私の場合、基本的にはひとつの舞台を1人で担当しますが、上演時間の長い公演であれば、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』のように、途中で舞台手話通訳者が交代することもあります。
しかし、私としては、上映時間の長い公演でない場合、できる限り全編を通して交代なしで担えるようになりたいと考えています。

例えば、洋画を吹き替え版で見てるときに、主人公の人の声が途中で変わったら違和感がある。そんなニュアンスと似ているのではと考えています。
仮に途中で主役の声が変わると、その声に慣れるまでに時間がかかりますよね。舞台手話通訳者が交代すると、そういう集中の途切れ方が起こりうるとろう者のお客様に言われたことがありました。
人によって声や話し方、話すスピードが違うように、舞台手話通訳者も、手話のスタイルや雰囲気などの個性が異なるのです。
「俳優の持つエネルギーや演技を『超えないし、減らさない』」
田中さん:舞台手話通訳も、普段の手話通訳も「聞きながら通訳する」ということは同じです。でも、役割や目的は少し異なるように感じています。
舞台手話通訳は、話者(俳優)の気持ち、熱量、雰囲気、演技などを手話にありのまま100%で「乗せる」ことを大事にしています。
そして最も気をつけているのは、俳優の持つエネルギーや演技を「超えないし、減らさない」ことです。
俳優から出てくるものを超えてしまったら「やりすぎ」になってしまう。でも、エネルギーなどを減らしてしまうと、お客さんが演劇の世界に入り込むことができません。
私の場合、通常の手話通訳においては「一歩下がる」意識をしています。対して舞台手話通訳では、気持ちや熱量をありのまま観客へ届けることが大切と捉えています。
私個人としてのイメージですが、透明な「フィルター」のような存在が理想です。
新しい体験があった、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』
世界中で大ヒットを記録した「ハリー・ポッター」シリーズから19年後を描く舞台で、ローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞を受賞した舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』。
日本では2022年の初演以降、総観客数130万人を突破するロングラン公演を続けています。

2025年5月には、この舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』に舞台手話通訳が導入され、田中さんが舞台手話通訳者のひとりとして出演されました。この時の体験談を詳しくお聞きしたいと思います。
まず、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』には、どのような経緯で舞台手話通訳が導入されたのでしょうか。
「舞台手話通訳が導入されたことは、演劇界にとって大きな一歩となったのでは、と感じています」
田中さん:舞台手話通訳の存在を知っていただくため、2023年頃から知り合いの制作さんと二人三脚で様々な会社にコンタクトを取っていました。
色んな事業者に手紙を書いたり、メールしたりとご連絡をして、興味を持っていただいたところへ直接出向いていたんです。
その中で、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』主催であるTBSの担当者の方とお話する機会がありました。本作のオリジナル版を上演しているイギリスでは舞台手話通訳者がついている、という旨の資料を持参したところ、担当の方が興味を持ってくださり、導入につながりました。
その少し前に、『SIX』というミュージカルに舞台手話通訳が導入されました。『SIX』の後にミュージカル『アニー』に舞台手話通訳が導入されており、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』がその次に続きました。
個人的には、これらの流れが日本の演劇界での革命的な試みになったのでは、と思っています。メジャーな商業演劇に舞台手話通訳が導入されたことは、演劇界にとって大きな一歩となったのでは、と感じています。
※『SIX』…ヘンリー8世の6人の妻の物語を描いたミュージカル。女性のエンパワーメントを促進すると話題になった。トニー賞を含む35の賞を受賞している。
※『アニー』…日本で40年にわたり上演されているミュージカル。世界大恐慌下のニューヨークで、孤児の少女アニーが両親を探す夢を抱き続ける物語で、1977年にトニー賞7部門を受賞した。
「呪文の単語帳を作ったんです!受験勉強の時みたいに!」
舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』では、どのような稽古があったのでしょうか。

©️渡部孝弘
田中さん:舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』はロングラン公演であるため時期が合わず、稽古場での稽古に参加ができませんでした。
稽古に参加する代わりに、会場のTBS赤坂ACTシアターにある「親子観劇室」というガラス張りの部屋で、上演中の公演を観ながら手話の練習をしました。本番中の舞台に合わせて手話の稽古をするのは初めての経験でした。
本作ではダブルキャスト、トリプルキャストの役も多かったのですが、なるべく舞台手話通訳が入る回と同じキャストの公演を観るように心がけました。
10回ほど本番を観つつ、この俳優さんはこういう喋り方や演技をするんだとインプットしていきました。
俳優さんの話し方は、手話でどういうふうに反映されるんですか?
田中さん:キャラクターの反映をする場合、「私はイタコ……、イタコ……」と思いながらやっています。イタコとは、死者の魂を自分に憑依させる霊媒師のような人。私も、俳優の魂を憑依させたいと思いながら臨んでいます。
「ハリー・ポッター」シリーズはファンタジーなので、作中には魔法の表現などがありますね。そういった表現のコツや、苦労したエピソードはありますか?
田中さん:魔法の翻訳については、どうしようと悩んでいた点ではありました。
今年の3月にイギリスに行った際、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の舞台手話通訳を担当している方と話す機会があったんです。本作での手話通訳について、色々と相談しました。
例えば、劇中では「エクスペリアームス」などの呪文が登場します。この呪文を指文字で表現しても、セリフに間に合わないし、意味が伝わりにくい。
では、どうすれば伝わるのか。
例えば、「杖」という名詞と「奪う」という手話を組み合わせて「エクスペリアームス」を表現するなど、それぞれの呪文の「意味」を翻訳していると教えてくださいました。
一緒に舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』の舞台手話通訳を担当してくださった江副悟史さんと相談し、日本でもその翻訳方法を導入したのですが、劇中に出てくる全部の呪文と、その意味を覚える必要が出てきたためとても大変でした。
なので、呪文の単語帳を作ったんです!受験勉強の時みたいに!

©Matthew Murphy
文化庁の海外研修に向けて考えていること
新進芸術家海外研修制度は、文化庁が運営する制度です。
美術・音楽・演劇・映画などの分野で活動する新進芸術家が海外で実践的な研修を受けられる機会を提供しています。
田中さんはこの制度の研修員に採択され、2025年12月中旬から3月上旬まで約2ヶ月半、イギリスのロンドンに滞在予定です。
留学にいたるまでのお話や、意気込みをお聞きしました。
「イギリスの舞台手話通訳の技術や発展の仕方、定着のノウハウを学び、日本に適切な形で発展させたい」
田中さん:舞台手話通訳において、日本より各段に発展しているのがイギリスです。これまでも自費で渡英して学びを深めていましたが、時間もお金も足らないのが現状でした。
今回は集中的にイギリスの舞台手話通訳の技術や発展の仕方、定着のノウハウを学び、そしてそれらを日本に適切な形で発展させたいと思ったんです。
文化庁の海外研修には、研修に行った国での受け入れ先が決まっていないと応募できないという条件があります。
イギリスには「THEATRESIGN(シアターサイン)」という、舞台手話通訳者の育成と派遣をしている機関があり私はずっとここで勉強したいと思っていたのですが、数年前にメールを出したときには、一度断られてしまって。
でも諦めきれずに、2024年頃、メールではなく直接THEATRESIGNの門を叩き「ここで学ばさせてください」と再度お願いしました。
ありがたいことにその熱意を評価して下さり、無事に研修先の受け入れ先として承諾してもらえました。これをきっかけに、日本の舞台手話通訳者も新進芸術家海外研修制度を活用しながら、海外でも学べるようになればいいなと思っています。
THEATRESIGNでは、具体的にどのようなことを学びたいと思っているのでしょうか。
田中さん:まずは技術面です。台本を手話に翻訳する方法や、どのような表現を用いているかなどを知りたいと思っています。
もうひとつは、舞台手話通訳の発展と定着のノウハウです。イギリスでは、年間約1000公演に舞台手話通訳が導入されているそうです。
『ライオンキング』や『ウィキッド』など、とてもメジャーな作品にも導入されていて、「一体どのように導入され、ここまで定着しているのか?」と疑問で仕方ありません。それらの導入のノウハウを学び、日本の舞台手話通訳を広げていきたいと考えています。
「お客様に合うアクセシビリティを選択できる劇場を増やしたいです」

©️渡部孝弘
田中さんにとって、舞台手話通訳が日本でどのように広まっていくのが目標ですか。
田中さん:私個人としては、より多く、より幅広い演目にアクセシビリティがつくことを目指しています。舞台手話通訳以外にも、字幕タブレットや台本の貸出しなど、さまざまな選択肢がありますから。
お客様ひとりひとりに合った情報保障を選べるようになるのが一番だと思っています。それを踏まえて、イギリスではどんなアクセシビリティが導入されているか、改めてチェックしたいですね。
※アクセシビリティ……情報やサービスを、障害者や高齢者を含む誰もが不自由なく利用できるかどうかの度合いを表す概念。近づきやすさ、アクセスのしやすさ、利用しやすさという意味をもつ。
留学生活に向けて、不安はありますか?
田中さん:もちろんあります!
1番不安なのは、手話の違いです。日本語と英語が全然違った言語であることと同じように、日本の手話とイギリスの手話もまったく違っています。
手話は視覚言語なので、音声言語よりは意味が想像しやすくはありますが、異なる言語であることには変わりないので……ゼロから学び直す気持ちで、週に一度、深夜2時から始まるイギリスのオンライン手話レッスンを受けています。
演劇界の発展につながる大きな可能性にも期待
田中さん:イギリスでの留学期間に学びたいと思っていることのひとつに、舞台手話通訳を導入する「資金の流れ」があります。
先ほど、イギリスでは年間約1000回の公演に舞台手話通訳が導入されているとお話しました。日本ではまだまだ、舞台手話通訳が導入された公演が少ないのが現状です。
日本国内の公演では、国からの助成金を利用する場合が多いです。もちろん、持ち出しで費用を用意してくださるところもありますが、アクセシビリティが浸透しにくい状況のひとつに、資金の問題があるのではと考えています。
実際に、THEATRESIGNの舞台手話通訳者さんは20人弱しかいないのに、年間1000近い公演で舞台手話通訳が導入されているのが現状です。
イギリスでの演劇におけるアクセシビリティへの資金がどこから捻出されているのか知ることで、日本の演劇界のアクセシビリティを発展させるヒントを得られると思っています。

EPOCH MAN『我ら宇宙の塵』
©️一色健人
「諦めない気持ち」の根底にあるものとは
「全てに繋がるのは『この人と話したい』という思い」
お話を聞いていると、田中さんから底知れない、前向きさや力強さのようなエネルギーが伝わってきます。その気持ちの根底にあるものは何なのでしょうか。
田中さん:もちろん前提として「舞台が大好き」という気持ちがあります。演劇が大好きだし、ミュージカルが大好きだから、たくさんの人と舞台を楽しめる世の中になってほしい。
何より、全てに繋がるのは「この人と話したい」という思いです。
これまでお会いしてきたろう者の皆さんは、とても魅力的な人たちばかりです。聴者もろう者も関係なく「みんなで面白いものを作ろうよ」という姿勢を持っていたんです。
この方たちと同じ言語でもっともっと話せたら、どんな話が聞けるんだろう、という気持ちが、私の原点です。
時にはくじけそうになることもありますか?そんな時には、どうやってご自分を奮い立たせていらっしゃるのでしょうか?
私は手話教室に通って手話の基礎を学びながら、ろう者の方がたくさんいらっしゃる現場に飛び込み、生きた手話をどんどん見るようにしています。
ろう者と聴者の俳優が共にクリエイションする現場に初めて入った頃の私は、ギリギリ日常会話ができるくらいの手話レベルでした。その一方で、皆さんは手話がネイティブなので、とてつもないスピードで会話しているんです。
彼らの手話を「全然わからない……」と落ち込みながらも、稽古終わりに飲みに行ったり、地方公演の夜には誰かの部屋に集まったり。英語は話せないけど、とにかく現地で生活してみるという感覚に似ているかもしれません。
皆さんから「まだまだだね~」と愛のあるイジりを受けながらも(笑)、全力で体当たりし、言葉の習得に努めてきました。

ろう者の皆さんが「あなただったらできるよ」って言ってくれたこと、厳しさの中にある優しさに触れたこと。それが今の私を支えてくれています。心が折れそうな時にも、その言葉を思い出すと「絶対に諦めないぞ!」と思えるんです。
私を舞台手話通訳の世界に出会わせてくれて、ろう文化や手話の世界を教えてくださったろう者の皆さんと一緒に演劇を楽しみたい。それが、力の源です。
お話を聞かせていただき、一心に前に進んでいく田中さんの姿に感動しました。
その根源にある「相手を知りたい」という気持ちは、多様化が進む現代社会において、とても大切なものではないでしょうか。舞台手話通訳の取り組みが、今後ますます広がっていくことを願っています。
田中結夏
X:@kinoko_tyty
Instagram:kinoko_727
文化芸術専門の手話通訳「となりのきのこ」
https://tonarino-kinoko.com/

舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』
https://www.harrypotter-stage.jp/
糸崎 舞
元舞台俳優のライター。演劇、アート、文学などのカルチャー記事を幅広く執筆。「人と文化を繋ぐ」をテーマに、繊細かつ豊かな文章をお届けします。https://note.com/itozaki_mai/n/nb182d3fa8bb1?sub_rt=share_sb
